【 備 中 】
鵜成神社
− うなり じんじゃ −
鎮座地
岡山県小田郡矢掛町宇内2031      
祭神

吉備津彦命(キビツヒコノ ミコト)    

創建

  

由緒

社伝によると当社は西川面の鵜江神社の分霊を勧請したもので、もとは宇内大明神と称していたが、貞享年中(1684〜1688)ころに鵜成大明神と改号したという。
明治9年までは黒木村(現・井原市美星町黒木)も当社の氏子であったが、明剱神社を祀るようになって氏子を離れた。

参道には鵜成大明神 元禄2己巳年2月4日の銘のある石鳥居、享保3戊戌年9月吉日 願主当村山縣又右衛門,天明6丙午3月吉日 願生戌歳女の銘のある石燈籠各1基、享保3戊戌年9月15日 施主祝詞信濃守、神主源右衛門,儀右衛門,藤右衛門の銘のある手水鉢があり,拝殿前には昭和10年4月吉日 森岡忠太郎、森岡登一の銘のある唐獅子がある。

本殿に向かって右側には末社の明剱 御鋒 稲荷 岩山神社が 左側には出雲大社がある。
御鋒神社は明和年中に起こった一揆の指導者で、矢掛の河原で打ち首になった宇平治という人を祀ったものという。宇内の西明院境内には宇平治の供養塔といわれる寶匡印塔がある。
岩山神社は鵜成神社よりも古い神社でその社地へ鵜成神社を勧請、それ以後末社として祀られる。出雲大社は明治中ころに大社講の人たちが祀った。氏子が6組に分かれて組内で籤をひき大当1人相当4人を決める。当を受けると奥の間の前に〆縄を張り、昔は四足のものは食べてはいけなかった。

昭和45年まではオハケを立てていた。オハケは高さ約5メートルの真竹の先に笹を少し残し、御幣を付けて立て、根元に川砂を盛る。周囲にヨロイ竹を立てて垣をしていたが現在は立てられない。
また鳥居には長さ5メートルの大注連縄が藁蛇と同じに作られ、頭はシュロで目は赤いトウガラシで作られる。また 昭和45年までは大祭日にはご神幸があり、社森神社と木野山神社がお旅所であったが現在は行われていない。千歳楽があり青年会・子供会で現在も出している。   

-岡山県神社庁HP、式内社調査報告より-

[ 詳細 ]

御利益
氏子安全  
駐車場
境内に5台程度駐車可能
アクセス
井原線小田駅から北へ約3.5km。   
備考

式内社(分社)。 岡山県神社庁加盟

参詣日
06/3/24 (07/03/20 UP)

■コメント 
蛍が生息していることで有名な宇内地区に鎮座している。
同町西川面の式内・鵜江神社の分社とされており、神社名の『鵜成』および地名の『宇内』は『鵜江(ウノエ)』がなまったものといわれる。
また、かつては『宇内大明神』と称していたが 、『鵜成大明神』『鵜成神社』と改称した。 

【 境内全景 】

山の麓に鎮座している。
 

【 境内全景 】


 
【 参道 鳥居 】

 写真を見れば分かると思うけど、参道はとても急。
 
【 随神門 】

石段を登って大きな随神門をくぐれば境内。   
 
【 随神門 】

大きな随神門の中。
 
【 手水鉢 】
  
 
 
【 拝殿 】

 
【 拝殿内部 】
 
 
【 狛犬 】

 
【 拝殿 】

 
【 本殿 】



【 随神門 】

随神門を境内側から。
 
【 境内社 出雲神社 】



 
【 境内社 】


左側に岩山神社、右側に明剱神社、御崎神社、
稲荷神社が相殿で祭られている。
 
【 境内社 】

 
【 石碑 】

 
【 境内社 淡島神社 】

 少し離れたところにある。
 
【 境内の様子 】
 


【 境内の桜 】

 
 
【 境内からの風景 】

宇内地区は、蛍が生息していることで有名。
[ 拡大写真 ]
 
【 参道のお堂 】

参道沿いにあるお堂。

 

 

鵜成神社  −うなり じんじゃ−